心・感情

地に足をつける

2015/05/01

地というものは、私たちを支えるものです。いつもそこにあるものです。
地があってはじめて、植物が育ち、花が咲きます。
地は私たちを養ってくれるものです。

地に足をつける、という言葉はとても意味深いですね。足が地についていないと、不安定で、怖い気分がします。高い所を怖いと思うのも同じような心理が一部働いているように感じます。

葛藤・苦しみ・不安などの心の状態は、気持ちを不安定にするものなので、安定したものが必要です。

嵐になれば、何かにしがみついてその影響を避けようとするのと同じで、心の嵐が起こっている時も、できるだけ生活の中で安定感を得られる行動・思考方法をすることが役に立ちます。

現代人の生活は、頭でっかちになっています。現在様々な情報が氾濫して、便利な反面、不必要に感情を刺激されることもしばしばです。

どのようなことが実際に役立つでしょうか?

一つには、自分の体の感覚に注意を向けるということがあります。何か作業している時も、心は上の空、ということはありませんか?他の事を考えながら体を動かすのではなく、自分の体の動きに注意を向けてみます。

お皿を洗っているのなら、立っている足や自分の手に注意を向け、その行為に没入しましょう。このことで、体と心が別々のことをしている、という「地に足がつかない」状態が減ってきます。

また、瞑想をしたいと思っている人は、普段からこのような習慣をつけていると、瞑想をしようと座った時に、心が落ち着きやすくなります。

実際に足を使うということも大変よいです。心が不安な時には、大抵気が上に上がってネガティブな思考を促進させるような状態になっていますから、足を使うことで、気を下に下ろすということにもなります。

気などよくわからない、という人でも、心・感情が乱されているときは、顔が赤くなったり、心臓がドキドキしたり、など、多くの症状が上体にでることはわかるでしょう。

具体的なことでは歩く、ということです。裸足で歩けば、いやおうなしに足にはっきりした感覚があるので、さらに効果が高いですが(悪い気を逃がす働きもあり、健康目的でやっている人もいます)、そうでなくても、普通に歩くことでも、文字通り、「地に足をつける」ことにつながっていきます。

この時も考えに心を奪われるのではなく、足の筋肉がどのように動いているか、など「感覚」に注意を向けましょう。

つまり、考えるという頭の活動でカラダと切り離された状態から、身体感覚へ目を向けることで、体にしっかり意識が戻ってくるのです。このことで、思考はゆっくりとしてきますし、無駄な考えも減ってきます。これが「今」を生きる、一瞬一瞬に対応した心の状況をつくるのにも役立ちます。

そして、このようなことを「継続する」ということがまた「地に足をつける」行為になります。少しの時間でも続けることが、「地」に象徴される安定感をつくることになります。

心の乱れが大きければ、大きいほど、身体感覚へ意識を向けることが少し難しくなるかもしれません。なぜなら、思いがどうしても自分の心配事の方へ強力に動いてしまうからです。

そのようなわけで、大きな感情・トラウマを解消しておくと、より効果が現れやすくなります。しかし、難しい、ということは不可能ではないし、トラウマを解消する過程でこのような訓練をすると、大変よい相乗効果を持つようになりますから、ぜひ試してみてください。

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プロフィール
羽鳥美香
羽鳥美香
カウンセリング心理学修士号、アメリカ、カリフォルニア州のサイコセラピスト(心理療法士)免許(MFT)を持つ。オンライン(スカイプ・メール)/電話をメインとしたセラピー、コンサルテーションを行っている。
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