スピリチュアル

自分に帰る静かな時間を持つ

2017/02/04

なぜ私たちはお寺や瞑想などに引かれるのでしょうか。

それは、心のどこかに、静かで平和な状態を求めているからです。

現代は生活のペースも早く、様々な刺激にあふれています。そのような状態が続くと、私たちの神経は参ってしまいます。インプット過剰の状態から回復しなくてはなりません。

情報の刺激だけではありません。あまりにも感情が大きいと、それが心身ユニットにとって対処可能な限度を超え、ある種の刺激過多になってしまうことがあります。そうなると、さらなる刺激に耐えられなくなってしまいます。

そこでその感情の強さを軽減し、心を穏やかにすることが必要になり、瞑想が役に立つのです。瞑想だけではなく、静けさを表したようなものに囲まれるだけでも、気分が柔らかくなります。つまり刺激とは反対の方向に行くということです。

しかし、すでに神経が興奮していたり、あまりにも心配や不安が大きかったりすると、瞑想といっても、ただじっと座って我慢をしている状態になってしまいます。つまり、自分のエネルギー/気を整えないと、得るものが少ない、または、効果が出るまでに時間がかかるのです。

もちろん、気を整える必要のない状態もありますが、一般的には、気の流れがスムーズであれば、楽に瞑想ができるのです。

そのようなわけで、呼吸を使って気を整えるような瞑想がまず初めに行われるわけです。呼吸をしっかりしていくと、活力が生まれ、刺激過多や感情による消耗でエネルギー不足だった状態も解消されてきます。

呼吸を使った方法に特に興味がなくても、5分でもいいですから、静かに自分の心を見つめるようにするといいでしょう。

その場合、心に湧き出てくるものにあまり注意を向けず、「ああ、こんなことが心にあるのだな」と眺めるのみにとどめます。それを「自分」だとか、「良いものである」または反対に「悪いものである」などと判定する必要はありません。ただ出てくるままにまかせるだけですから、ある意味、自分にとってこんなに楽なことはないのです。エネルギーを使わないのですから。しかし、私たちは習慣から、常に心にあらわれるものについて考える癖があります。考えることにより、心がなかなか休めないのです。

でも、静かにしていると、それだけである程度思考がほぐれていきます。少しずつ自分らしい気持ちよさが戻ってきます。

自分の限界を知り、無理をする前に瞑想を終了しましょう。競争ではありません。気持ちのよい状態で終わると、「またやりたい」という欲求が自然と起こります。この心理を利用しましょう。無理をしながらの瞑想は、あまり効果がありません。それよりも、少しずつ時間をのばすと、効果も大きく、気持ちも楽にできます。

楽にやることは怠けることでも、だらだらやることでもありません。楽な時は、心がどのような状態ですか?ゆったりとほぐれ、心が大きくなっているでしょう。気も自然に体を回っています。苦行のようにしてしまうと、心はどうなっていますか?委縮して、ちょっと干からびているかもしれません。体も硬直し、気の流れも滞っているでしょう。どちらの心の状態がより良い状態でしょうか?

心の症状がある場合、瞑想は補助のようなものと考え、瞑想によってすべてを解決しようと思わないでください。多くの瞑想家に接した経験から言いますと、メンタルヘルスの問題が瞑想で軽減することはあっても、やはり心のパターンはそれに即した対処法をとらない限りあまり変わることはありません。大きな心の症状はやはりセラピーで扱う必要があります。反対にセラピーで感情を整えると障害が少なくなり、瞑想もしやすくなるでしょう。

また、症状が大きければ大きいほど、深い瞑想、複雑な瞑想、長期間の瞑想には興味をもたない方がよいでしょう。それは、自分の心をコントロールできなくなったり、日常生活への適応がさらに難しくなる恐れがあるからです。反対に、シンプルな瞑想を規則的にコツコツと続けることは、誰にとっても有益です。

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プロフィール
羽鳥美香
羽鳥美香
カウンセリング心理学修士号、アメリカ、カリフォルニア州のサイコセラピスト(心理療法士)免許(MFT)を持つ。オンライン(スカイプ・メール)/電話をメインとしたセラピー、コンサルテーションを行っている。
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